結論: 日本の電話は1890年12月16日、東京・横浜で交換手がつなぐ手動交換から始まりました。1926年に初めて自動交換機が入り、東京〜小笠原父島間が衛星回線で結ばれた1983年6月21日に全国の自動即時化(交換手を通さずダイヤルだけでつながる状態)が完了し、1997年12月17日には国内通信網のデジタル化も完了しました。この記事では、NTT東日本の公式年表で確かめた交換手と交換機の歩みと、その名残が今の電話番号のどこに残っているかをまとめます。
交換手と交換機の年表
NTT東日本の「電信電話のあゆみ」「電話機のあゆみ」から、交換に関わる出来事を抜き出しました。
| 年月日 | 出来事 |
|---|---|
| 1890年12月16日 | 東京・横浜で電話交換業務を開始(手動の単式交換機。加入者は東京155、横浜42) |
| 1891年 | 東京「辰の口」の電話交換局で直列複式交換機を試用 |
| 1903年5月 | 京都局で日本初の共電式交換機を採用 |
| 1917年4月1日 | 「火事」と言えば交換手が消防署へつなぐ火災報知制度を実施 |
| 1922年11月3日 | 逓信省構内でストロージャ式自動交換機を試用 |
| 1926年1月 | 東京中央電話局京橋分局で日本初の自動交換方式(ストロージャ式)を採用(1月20日)。横浜にも自動交換局。番号案内「100番」、火災報知「112番」などが始まる |
| 1935年9月1日 | 荏原〜東京間で自動即時通話(市外もダイヤルでつながる通話)のはじめ |
| 1940年 | クロスバ交換機の研究開始 |
| 1965年2月14日 | 東京と全国の道府県庁所在地のあいだでダイヤル市外通話開始 |
| 1967年 | C460形クロスバ交換機を導入(2月26日)。全国の都道府県庁所在地どうしのダイヤル市外通話開始(8月27日) |
| 1983年6月21日 | 東京〜小笠原父島間が衛星回線で結ばれ、全国自動即時化が完了 |
| 1983年11月22日 | D70自動交換機の運用開始 |
| 1984年4月 | 電話交換取扱者認定制度を廃止 |
| 1995年3月24日 | 全国の交換機のSPC化が完了 |
| 1997年12月17日 | 国内通信網のデジタル化が完了 |
| 2017年 | NTT東日本が固定電話のIP網移行後のサービスと移行スケジュールを公表 |
手動交換の時代:交換手が人の手で線をつないだ
1890年12月16日、東京と横浜で電話が開通し、電話交換業務が始まりました。NTT東日本の年表では、このときの交換機は「単線式単式交換機」、加入者は東京155、横浜42、公衆電話にあたる「電話所」は16か所でした。
当時の電話は、交換局を呼び出して交換手に相手を告げ、つないでもらう仕組みです。NTT東日本の「公衆電話機のうつりかわり」によると、1900年に街頭に出た磁石式公衆電話機には、ハンドルの付いた「交換局を呼び出す磁石発電機」がありました(のちの共電式の公衆電話機にはこれがありません)。また、硬貨を入れると5銭はゴング(チーン)、10銭は鐘(ボーン)が鳴り、その音で「料金投入を交換取扱者に知らせた」とも書かれています。料金の確認まで、交換手が耳で行っていたわけです。
1903年5月には京都局に英国製の共電式交換機が入りました。共電式は、受話器を取るだけで局を呼び出せる方式です。NTT東日本の資料によると、当初は湿気による線路の不具合が問題で、湿気の少ない京都局が最初の共電式局に選ばれました。
交換手は通話をつなぐだけでなく、緊急の取り次ぎもしていました。1917年4月1日からは、電話で「火事」と言えば交換手が消防署へつなぐ火災報知制度が始まっています。
自動交換へ:関東大震災の復旧がきっかけ
NTT東日本の「電話機のあゆみ」は、自動化のきっかけを「関東大震災以後の復旧を機会に、これまで限界にあった手動交換方式を自動交換方式の導入によって解決することになった」と説明しています。1922年11月に逓信省の構内でストロージャ式の自動交換機が試され、1926年1月20日、東京中央電話局京橋分局で日本初の自動交換方式が採用されました。同じ1926年1月には横浜にも自動交換局ができています。自動交換の局では、電話機にダイヤルが付き、利用者が自分で番号を回して相手を呼び出すようになりました。
同じ1926年には、番号案内「100番」や火災報知「112番」などの特殊番号サービスも始まりました。短い番号で特別なサービスにつなぐ仕組みは、今の110・119・117などの3桁番号につながっています(110・119・118・117の違いと正しいかけ方、1XY番号の一覧)。
市外通話もダイヤルで:全国自動即時化の完了は1983年
市内の通話が自動になっても、遠くへの市外通話は長く交換手が取り次いでいました。1935年9月1日に荏原〜東京間で自動即時通話(申し込んで待つのではなく、ダイヤルですぐつながる市外通話)が始まり、1965年2月14日には東京と全国の道府県庁所在地のあいだ、1967年8月27日には全国の都道府県庁所在地どうしでダイヤル市外通話ができるようになりました。
そして1983年6月21日、東京〜小笠原父島間が衛星回線で結ばれ、全国自動即時化が完了しました。翌1984年4月には「電話交換取扱者認定制度」が廃止されています。
交換機そのものも、1940年に研究が始まったクロスバ交換機(1967年にC460形を導入)を経て、1983年11月にD70自動交換機の運用が始まりました。1995年3月24日に全国の交換機のSPC化が完了し、1997年12月17日に国内通信網のデジタル化が完了しました。
交換機の名残は今の電話番号に残っている
交換機の時代の名残は、今の固定電話の番号の形にも見られます。総務省の「市外局番の一覧」は、地域を「番号区画」に分け、「その区画内の通話においては、市内局番からのダイヤルが可能な地域」と説明しています。市外局番が地域ごとに決まっているため、今でも固定電話の番号の先頭(03・06など)から、おおよその地域がわかります。見分け方とその限界は固定電話の番号で地域を調べる方法と見分けの注意点、東京の番号の例は03の番号ページにまとめています。
一方で、交換手が相手を確かめてつないでいた時代と違い、今の電話は機械が番号どおりにつなぐだけです。着信画面に出る番号が本当にその相手の番号かどうかを、電話網が保証してくれるわけではありません(番号詐称:表示された番号は本物の証明になりません)。
交換機の先の話として、固定電話網のIP網への移行については、NTT東日本が2017年に移行後のサービスとスケジュールを公表しています。光回線を使う電話と昔の加入電話の違いはひかり電話と加入電話の違いで説明しています。また、番号案内は1926年に「100番」として始まりましたが、その後の番号案内「104」は、NTT東日本が2024年7月に発表したとおり、2026年3月31日でサービスを終了しました。今使える特殊番号は特番(特殊番号)の一覧と使われ方で確かめられます。
知らない番号から電話が来たら
交換手がいない今、相手が誰かを確かめるのは受けた人自身です。
- 出る前、または折り返す前に、当サイトの番号検索で番号の種類と口コミを確かめる。
- 市外局番から地域が読み取れても、それだけで相手を信用しない。
- 会社や役所を名乗る電話は、いったん切って、自分で調べた公式の番号にかけ直す。
- お金や個人情報を求められて不安なときは、消費者ホットライン188や警察相談専用電話#9110に相談する。
参考
この記事は2026年10月に、以下の公開情報をもとに書きました。
- NTT東日本「電信電話のあゆみ」
https://www.ntt-east.co.jp/databook/history-telecom.html - NTT東日本「電話機のあゆみ(1899年~1948年)」
https://www.ntt-east.co.jp/databook/history-telephone-1899-1948.html - NTT東日本「公衆電話機のうつりかわり(1890年~1924年)」
https://www.ntt-east.co.jp/databook/history-public-phone-1890-1924.html - 総務省「市外局番の一覧」(令和8年3月1日現在)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/tel_number/shigai_list.html - NTT東日本 報道発表「電話帳(タウンページ)及び番号案内(104番)の終了について」(2024年7月19日)
https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20240719_01.html - NTT東日本 データブック「公衆電話」
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2024_11.pdf
※年月日はNTT東日本の公式年表の記載によります。年表は1999年7月以降はNTT東日本の歩みとして書かれています。交換手の人数や働き方の詳しい統計は、今回確かめられた公式資料に載っていないため扱っていません。